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防災教育と変革対応にみる共通点

 

2011年3月11日の東日本大震災では大津波が多くの町を呑み込みました。

未曽有の大震災に想像を絶する大津波。

そんな状況下でも多くの小中学生が生き残った岩手県釜石市。

 

背景には2004年から実施してきた防災教育がありました。

防災教育を指導したのは片田敏孝先生(当時:群馬大学大学院教授、現:東京大学 特任教授)。釜石市の子供達と片田先生のお話は震災当時から何度か報道されており、ご存知の方も多いと思います。

 

一方で、震災から7年。

この間にグローバルに事業・社会を巡る環境は大きく変わりました。

加速度的に進むテクノロジーの進化により、事業を、仕事を、生活を取り巻く環境は今までと大きく異なっていく変革の時代に入っています。

 

変革時代に求められる対応として、片田先生が子供達に行っていた防災教育から学べるものは非常に多いと思います。東日本大震災も今起きている変革の動きも、どちらも我々がそれまでに経験したことのない「想定外」のものだからです。

 

そうした意味で、改めて片田先生と釜石市の子供達のお話を取り上げることにしました。

 

片田先生が釜石市に関わり始めた当初、大人達は津波注意報に慣れっこになっていて、防災意識が高い状況にはありませんでした。周りの家族が避難しないので、子供達も津波が来ても避難しないと答えていました。

 

この状況に危機感を覚えた片田先生は母親達を動かし、学校を動かして、防災教育を見直していきました。

 

それまで学校で行われていた防災教育は津波ハザードマップから始まっていました。

ハザードマップは津波の高さや津波の来る範囲などを予想し、想定される危険な地域を地図に示したものです。

 

ハザードマップ自体は参考になるので意味はあるのですが、危険とされる対象地域に自分の関係する学校や自宅が入っていなければ「自分は大丈夫」と安心してしまいがち。これでは想定を超える津波に対応できません。

 

そこで、片田先生は子供達に考えさせながら、子供達と一緒に防災マップを作っていきました。さらに不測の事態に備え、片田先生は以下の「津波避難3原則」を子供達に教えていました。

 

1.     想定に囚われるな

2.     最善を尽くせ

3.     率先避難者たれ

 

東日本大震災では授業で作った防災マップさえも超える事態が起きました。

当初、子供達は幼稚園児から小学生、中学生まで、学校の先生や地域のお年寄りたちと訓練していた避難場所に逃げました。

 

しかし、中学生が「ここでは危ない、もっとより高い場所へ」と言って、皆で協力してより安全な場所へ避難し、結果的に間一髪で難を逃れました。

 

「あそこに留まっていたら、危なかった」

こうしたことは生き残って初めて、後からわかることです。

とんでもないことが起きているとき、その場にいる人は事の全体像をつかめません。

何が起きているのかも、今後どこまで何が起こるのかもわからないのです。

 

そんななか、子供達は大人以上の瞬時の判断を下していきました。それができたのは片田先生から教えられていた行動における3原則があったからです。

 

ハザードマップも、片田先生と一緒に作っていた防災マップも、すべては事前の想定に過ぎません。想定に囚われず、その状況下での最善を尽くし、率先して子供達は避難しました。

 

周囲の人々に「津波が来るぞ」「逃げるぞ」「もっと安全な場所へ」と伝え、協力し合いながら、子供達は自ら考え、行動していったのです。

 

自分で判断して、行動する。自分の命は自分で守る。

このことは子供達だけでなく、大人の、ビジネスの世界でも同じではないでしょうか?

 

非常時においては、親や学校の先生や上司や本社の指示を待っていては本当に大切なものを守れないことがあります。自分を守ってくれる人や組織は、常に、いつまでも、自分の傍にいてくれるとは限りません。自分が指示を仰いでいた人がそのときに下す判断が的確かどうかも、自分が生き残ってみて、後から初めてわかることです。

 

往々にして、人は想定外を瞬時に受け入れられません。

想定外の事態が起こることを想定し、自主的・主体的に行動できるよう、自分事として捉え、動くことに日頃から慣れておく必要があります。

  

釜石市の子供達が取った行動は、防災だけでなく、変革時代における対応においても、広く多くの人に大きな示唆をもたらしてくれているものだと考えます。

 

 

なお、NHK「シンサイ ミライ学校」では、「片田 敏孝先生のいのちを守る特別授業」をWebで今も見ることができます。ご参考まで。