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データの”主権”こぼれ話:個人情報-今昔物語

 

20年ほど前でしょうか、インターネットが普及し始めた頃、メールやWebサイトを通じて「アンケートに答えると、○○円差し上げます」といったものがありました。

 

当時、街中で「アンケートにご協力ください」と呼び掛けられることはあってもその謝礼は景品程度でしたから、お小遣い稼ぎ気分で一瞬、” ネットでアンケートに答えるだけでお金がもらえるんだ”と思いました。

 

が、ちょっと待てよと。

 

“私はお金を得て、相手は私の情報を得る。ということは、私の情報には価値がある。

ならば、この500円とか1000円とかのアンケートに対する対価は妥当なのか?”

 

”相手は街頭調査の手間も人件費も減るはずなのに、この価格って・・・? “

“答える時間、私の時給と比べると、・・・?”

 

当時そんなことを疑問に思ったりしました。

 

それから数年後、個人情報という言葉が新聞で小さく取り上げられるようになった頃、よくわからない督促の手紙が届きました。

 

“アダルト系有料サイトを閲覧したのに支払をしていないから、至急下記の口座に振り込みなさい。振り込まなければ法的手段に出る”といった内容の手紙でした。

 

封筒も社名もなんだか怪しいし、そもそも有料サイトを見た覚えがないので放置しました。

 

しばらくして新聞に大手コンビニチェーンの個人情報漏洩問題が取り上げられ、なんとその後、そのコンビニチェーン本部から私に詫び状と500円相当の金券が送られてきました。

 

私は当時まだ珍しかったであろう、個人情報漏洩の被害者だったわけです。

 

コンビニチェーンの会員だった私の個人情報が漏洩され、根拠のないアダルト系有料サイトの閲覧を盾にして金銭を騙し取る詐欺会社に私の情報が売られていたようなのです。

 

そしてまた疑問。“なんで、お詫びが500円なの?”

 

これは個人情報保護法が成立(2003年5月)する前の話です。

 

若い方はご存じないかもしれませんが、インターネット普及以前には、個人情報の一部は普通に公表されていました。

 

分厚い紙の電話帳が各家にあって、個人の名前や住所、電話番号が記載され、それを見て電話で連絡をすることが当たり前の時代があったのです。スマホもガラケーもない時代、固定電話で親戚にも学校の先生にも会社にも電話していた時代です。

 

当時、個人情報の一部は売買もされていました。

 

商品の売り先(見込み客のリスト)を求める事業者向けに、名簿を売買する名簿業者(いわゆる名簿屋)がありました。そういう業者に大学の卒業名簿や会社の役職員・OBの名簿などが持ち込まれていたのです。

 

今は、良くも悪くもリアル世界とサイバー空間が繋がり、自分に関連する情報が幅広く捕捉されることが可能になってきています。

 

自分がいつ、どこで、誰と、何をし、何を買い、いくら払ったか。どんな学歴・職歴で、どんな人と交流し、どんな考えを持ち、どんな不満をもっているのか、まで捕捉しようと思えばできてしまいます。

 

GAFA(Google、Amazon、Facebook、Apple)やいろんな企業が連携しているので、事業者を跨いで個人の情報を横断的に紐づけることもやろうと思えば可能でしょう。

 

我々利用者は「アンケートにご協力ください」と事業者から頼まれるでもなく、500円とか対価をもらうでもなく、自ら進んで“タダ”で自分の情報を事業者に提供しています。

 

その代わりに、事業者側(GAFAやその他の情報受領者)は、検索、地図、メール、データストレージ、EC、レコメンド、交流、家計簿や健康管理など、各種のサービスをタダ or 非常に安価に提供してくれています。

 

利用者は自らの情報を、事業者はサービス、インフラを、それぞれ提供しているのです。

 

利用者は自らが提供する情報に対して、便利なサービスを享受できる限り何も言わないかもしれませんが、GAFAらの力が巨大化するに伴い、利用者が意図・理解・想像しえない範囲に自らの情報を利用される可能性も広がってきています。

 

データが価値をもつ時代に、利用者は現状のまま状況を受け入れ続けるのでしょうか?or 提供する情報の範囲を制限し始めるのか? or 自分の情報提供料を事業者に請求するのでしょうか?

 

あなたはどういう状態を望みますか?

データ、データと騒がれる昨今、事業者はあなたのデータを取ることに躍起です。

 

判断基準をどこに置くのか、利用する側も意識する必要があります。

 

どの企業が本当に利用者のことを考えてくれているか?信頼して託すことができるか?

自分で日頃からその企業の動向を追っていると見えてくるものもあると思います。

 

それが難しい場合は他者の判断を参考することになりますが、ネット上の口コミ、まとめサイトなども玉石混交なので、ここでも誰が信頼できるのか、信頼性を見極める目利き力が問われることになります。

 

ある意味、周囲の人を信頼して電話帳で公示、管理できた時代は非常にシンプルで、緩やかな信頼と適度な相互監視が働いていたのかもしれません。

 

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