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データの”主権”はどこにあるか?

 

GAFA(Google、Amazon、Facebook、Apple)を始め、いろんなネットサービスを使うなかで、我々の情報は無意識のうちにも膨大に収集され、もはや消去するのも一苦労です。

 

収集された情報の種類や量、API経由も含めて自分の情報が提供された事業者の範囲など利用者が特定するのももはや困難です。

 

自分の情報を提供する代わりにサービスを無料(or 安価)に利用させてもらうわけですが、事業者がある日 “有料化宣言(or値上げ)” しても、もう離れられないという利用者も出てくるのではないでしょうか?

 

ある意味、データを人質に取られているような状況とも言えるでしょう。

 

スマホだけでなく、PCにもカメラやAIが標準搭載され、データをクラウドサービスに上げることも標準になってきました。気づかないうちにクラウドに上げたくない情報まで吸い上げられているということもありえます。

 

どの情報をどんな目的でクラウドに上げるのか上げないのか、事業者に提供するか否か、提供された情報に対し、利用者が得る対価(無料/安価なサービスor金銭)は妥当なのか否か、などが必ずしもわかりやすく判断できる状況になっていません。

 

学校、家庭、医療機関、職場、様々な場所で情報が繋がっていけば、受けた教育、病歴、職歴、収入、支出、趣味嗜好など、情報を取ろう、繋げようと思えば可能な範囲が広がり、プロファイリングも進むでしょう。

 

利用者がメリット、デメリットを主体的に判断しやすいような環境整備が求められているでしょう。

 

一方で、情報銀行を巡る動きは盛んです。

 

情報銀行は、「個人とのデータ活用に関する契約等に基づき、PDS(Personal Data Store)等のシステムを活用して個人のデータを管理するとともに、個人の指示又は予め指定した条件に基づき個人に代わり妥当性を判断の上、データを第三者(他の事業者)に提供する事業」とされています。

 

金融政策やFintechベンチャーの登場などで事業環境が厳しくなっている金融機関や、ITで新たなサービスを立ち上げようとする多様な事業者が関心を示しているようです。

 

Techベンチャーに慌てているように見える銀行ですが、昔からある意味、銀行は情報産業だったと言えるでしょう。

 

少なくとも自行の分においては、個人や法人の属性、資産・負債に関する情報、カネの動きをある程度捕捉することができたのですから。

 

2007年、金融商品取引法(金商法)制定によって、ようやく金融商品のメリット、デメリットを併記するようになった金融機関。

 

その10年後となる昨年には、顧客本位の業務運営に関する原則(フィデューシャリー・デューティー)を金融庁に念押しされています。

 

顧客本位、“お客様を大切にします”という当たり前のことをお役所から重ねて指導されているわけです。

 

安易に“顧客資産を回転させ、販売手数料を稼ぐ”ことを優先(≒自社の利益優先)し、顧客本位になっていなかった金融機関は、金融庁の動きに対して新たな対応を迫られたことでしょう。

 

反対に、昔から顧客本位、“顧客と共に自社も成長する”という意識で経営してきた金融機関は冷静に受け止めているでしょう。

 

金融庁の指導に慌てている金融機関ほど、Fintechベンチャーの登場に慌てている、情報銀行の波に慌てて乗ろうとしている、ということはないでしょうか?

 

視点を変えて、“自分の情報を持ち歩くこと(データポータビリティ)”を考えた時に思い出すのは、携帯電話会社(通信キャリア)のナンバーポータビリティ(MNP)。

 

携帯電話会社を変更する際、使っていた電話番号を継続利用できないという制約を利用者は長らく強いられていました。

 

制約を課される代わりに、安い端末や通信料金が得られているうちは良かったのですが、それが制約と見合わなくなった後、ようやくMNPが解禁されました。

 

携帯電話会社の契約は未だ非常にわかりにくいです。

超高齢社会のユーザーに優しい状態、顧客本位とはとても言えません。

 

内容が専門化、状況が複雑化するにつれ、管理すべき対象も範囲も広がり、利用者個人では対応が難しくなった現在、誰かに託したい場面も増えるでしょう。

 

情報銀行に取り組む企業は顧客本位でいられるでしょうか?

 

ちなみに、昔から銀行のなかには信託銀行というものもあります。

 

情報をじてせる相手なのか、本当の意味で事業者の信頼性が問われているのではないでしょうか?

 

なお、個人情報保護法は2003年に成立、2005年に全面施行されましたが、その間に社会保険庁(現在の日本年金機構)職員の情報漏洩や記録の問題などがあり、国民の不信を大いに買いました。

 

無料が当たり前のネットの世界で信頼が育まれない場合、その世界は実はとても高コストな世界と言えるのかもしれません。

 

 

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